『人生で一番刺さった小説』の帯に「はい出たー帯が大袈裟なやつー」と思いつつ、「そこまで言うなら刺してもらおうじゃないか」と購入した本。刺さった。
架の婚約者・真実が行方不明になった。 結婚後は架の会社を手伝うため仕事を退職した次の日のことだった。 真実は上京する前に知り合った人からのストーカー被害に悩まされていたこともあり、架は真実が事件に巻き込まれたと考え、真実の実家のある前橋にまで捜しに行くが、その過程で真美の過去と向き合うことになる。
失踪した婚約者を捜すというあらすじを見るとミステリっぽいのかと思うのだが(自分であらすじを書いてみようとしても、書ける範囲で書こうとするとそうとしか書けないのだが)、真実の前橋での婚活を題材として現代を描き出す作品と言っていいと思う。その婚活についての話の中で出てくるキーワードが、前橋で個人的に結婚相談所的なことを行っている小野里の言う「傲慢と善良」である1。
「対して、現代の結婚がうまくいかない理由は『傲慢さと善良さ』にあるような気がするんです」
小野里が言った。 さらりとした口調だったが、架の耳に、妙に残るフレーズだった。
「現代の日本は、目に見える身分差別はもうないですけれど、一人一人が自分の価値観に重きを置きすぎていて、皆さん傲慢です。その一方で、善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多過ぎて、“自分がない"ということになってしまう。傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう、不思議な時代なのだと思います」
その種の傲慢さに身に覚えのない人などいないだろう2。そして、こちらは刺さる人と刺さらない人がいるのかもしれないが3、“自分がない”「善良さ」の表現にも自分は息が詰まった。そしてここに続くのがこの無自覚な傲慢さをより端的に表す、『ピンとこない』である。
「——婚活につきまとう、『ピンとこない』って、あれ、何なんでしょうね」
「——ピンとこない、の正体について、私なりのお答えはありますよ」
「ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です」
吸い込んだ息を、そのまま止めた。小野里を見る。彼女が続けた。
「値段、という言い方が悪ければ、点数と言い換えてもいいかもしれません。その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は"ピンとこない"と言います。——私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の値段とは釣り合わない」
架は言葉もなく小野里を見ていた。
「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自分につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです」
みなが気付いていながら見て見ぬフリをしている、あるいはあえて言語化せずにいることなのかもしれないが、それをキッチリと突きつけてくる、「人生で一番刺さった小説」と言いたくなる人のいるのも分かる作品だった。
第一章の終わりでひと段落したかと思いきや続く第二章が話としてある種の「救い」になる気がするのだが、そこまでここで深く書くのはやめておこう。読み出した人には第一章だけでなく第二章まで読み通してほしい。