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『生命式』村田沙耶香

村田沙耶香の小説には、周りの「狂気」的な価値観1に馴染めない人がよく出てくる。 僕は村田沙耶香を読んでいてその狂気そのもの楽しんでしまいがちだが、狂気の中で馴染めない人の方の描写に力点を置いた(ように読める?)12作品を集めた短編集。

表題作では、人が亡くなった際に故人を弔うために遺族によって調理された故人の肉を参加者で食し、新たな命を生むために参加者同士で交尾して受精するという「生命式」が広く普及されつつある世界を描く。 主人公は人肉を食べること自体に倫理的な問題を感じているわけではないが、30年前の幼い頃、まだ生命式が行われるようになるずっと前、食べたら美味しそうなものとして半ば冗談で「人間!」と言ったら周りに倫理的に許されない発言だと糾弾されたことを思い出し、30年の間に皆が当たり前のように受け入れている価値観が完全に逆転してしまっていることに困惑を覚えている。

そのような周りの「普通」に馴染めない人というのは、代表作の『コンビニ人間』や『地球星人』や『信仰』など、本書に収録されている以外にも村田沙耶香作品以外にも本当によく出てくる。 そして、その「普通」に馴染めない人の反応は、困惑であったり、周りへの憤りであったり、あるいは周りの人たちが「普通」の価値観に当たり前のように狂えることへの羨望であったり、あるいは自分の価値観に周りを「洗脳」させることを企てたりと、作品によって様々である。

作者の何かのインタビューかエッセイかに書かれていたように記憶しているが、おそらく作者自身がその「普通」に馴染めない感覚をずっと抱えていたのだろう。 僕は比較的すぐ周りに合わせてしまう、あるいはすぐ簡単に「普通の価値観に狂えてしまう」、村田沙耶香の作品における狂気側あるいは「普通」側の人間であるように思う(自分があまりに「普通」な人間であることを自覚し、むしろそのことがコンプレックスとなっていて、少しでも普通でない人であろうと日々もがいているのだが)。 そのような自分から見ると、作中に出てくる「普通」に馴染めない人の方が繊細で、自分に見えてないものが見えているんじゃないだろうかという感覚になって、自分的には少し羨望的に思えてしまう(先ほども言った通り、作中には「普通」に馴染める人の方に羨望を思える人も出てくるのだが)。

最後の「孵化」には、周りの求めるキャラに対してあまりにその通り求められるように振る舞えてしまうために、自身のコミュニティごとに「委員長」「アホカ」「姫」「ハルオ」「ミステリアスタカハシ」と5重のキャラとして振る舞っており、一方自分自身の性格はないと感じている主人公が出てくる。 周りの求めているキャラに対して求められる通りに振る舞ってしまうというのはある程度自分の身にも覚えがある(さすがにこの主人公ほどコミュニティごとにそのキャラに違いはないなとは思ったが)。 誰にでも多少はそうした面はあるものの、主人公はそうした傾向があまりに極端であることを悩むと共に、準備している結婚式においてそれぞれのコミュニティからの友人が集まる中で自分はどのキャラでいればいいのか、そしてなにより婚約者に対してどのように振る舞っていいのか悩んでいる。 それに対する答えは痛快である一方で納得感もあるものだった。

村田沙耶香作品によく出てくる「普通」に馴染めない人に焦点をおいた短編集という意味では非常に村田沙耶香らしい作品であるように感じた。 好きな作家なので興味の出てきた人がいたら読んでみてほしい(この作品以外でも村田沙耶香だと『しろいろの街の、その骨の体温の』や『殺人出産』、『丸の内魔法少女ミラクリーナ』も大好きなので、村田沙耶香に興味ある人はぜひ)。


  1. 現実のわたしたちの価値観も「狂気」の一種である。"—だって、正常は発狂の一種でしょう?この世で唯一の、許される発狂を正常と呼ぶんだって、僕は思います"(「生命式」) ↩︎

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